南禅寺境内

方丈(国宝)

南禅寺
 南禅寺の方丈は大方丈とその背後に接続した小方丈からなっています。大方丈は内陣、御昼の間、鳴滝の間、麝香の間、鶴の間、西の間、柳の間、六畳、狭屋の間、広縁より成る入母屋造、杮(こけら)葺です。また小方丈は虎の間、三室(九畳、六畳、二十畳)広縁よりなり、背面切妻造、前面大方丈に接続、杮葺となっており、昭和28年国宝に指定されました。

 慶長16年(1611)御所の建物の下賜を受けて再建されたもので、寺伝では、この大方丈は天正年間(1573-1592年)の内裏清涼殿を移建したものとされていますが、清涼殿ではなく女院御所の対面御殿を移築したものとの説もあります。

 中央南の御昼の間は清涼殿時代に昼の御座であった御帳の間の別称を残しており、広縁の欄間彫刻、天井、板扉の形式とともに近世宮室建築の姿を伝える遺構です。内部は、桃山前期の狩野派絵師筆による障壁画(重要文化財)で全て彩られていましたが、描画により400年が経過して、彩色の剥落などの傷みがみられるため、平成23年12月に124 面中の84面を収蔵庫に保管しました。
 現在は、デジタル撮影した画像を元に、江戸初期から中期の色合いで描画復元した、84面のあらたな障壁画を補完して公開しております。

 大方丈の背後に接続した小方丈は寛永年間(1624-1644年)の建築で、伏見城の遺構とされています。 内部に探幽筆と伝えられる 《群虎図》(重要文化財)40面があり、「虎の間」と呼ばれています。 大方丈前面の庭園は俗に「虎の子渡しの庭」と呼ばれ、小堀遠州の作と伝えられています。


南禅寺
 寺宝として南禅寺創建の経緯を記した〈亀山天皇宸翰禅林寺御起願文案〉(1299、国宝)、開山の頂相《大明国師像》(重要文化財)などがあります。塔頭のうち南禅院は亀山天皇の宸影をまつる檀那塔であるため、別格に扱われ、以心崇伝が住した金地院には重要文化財建築や寺宝が多く残されました。天授庵には《細川幽斎像・同夫人像》など、聴松院には《細川蓮丸像》、法皇寺には《約翁徳倹像》の重要文化財絵画があります。